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3月20日

震災以降はじめて全社員6名が無事な姿を一同に会したのは盛岡営業所でのことでした。
久し振りに会う顔にお互いの無事を確認し、始まった会議の議題は、この大惨禍を前に私たちのたどるべき道についてでした。

 3年にわたって製作の準備を進め、作品は無事本年2月に完成、4月23日から宮城県での全国先行上映を控え、岩手・福島でも上映県組織の準備に追われていたところの惨禍でした。
 作品の完成に向け全ての資金もここに振り向けていたこともあって、まさに会社存亡の危機と向かい合いながらの会議でした。

 この日の会議に向けて私は、一つの決意を胸に抱いて居ました。
 作品は無事完成をむかえていたのです。
 東北ではとうてい上映を実現できなくなってしまったのであれば、社員一同もう一度力を合わせて東北以外に散り、とにかく一人でも多くの観客に伝えることに努力を傾けてみようと・・・。

 こんな私の意見に、心やさしき社員は賛同の意を表してくれたのでした。
 私は全国に、高澤は東京に単身赴任し、首都圏対応・・・、中山は高澤の穴を埋めるべく山形へ、武田は青森へ・・・。
 シネマとうほくの新たな旅は、この日から始まったのかも知れません。
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