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盛岡営業所の15年の歴史を閉じました

 

629日、盛岡の送別の会場には、盛岡営業所の閉所と、長年盛岡営業所長として岩手の上映運動の先頭に立って来た中山通子さんの勇退を惜しむ心やさしい人々が集いました。

中山さんは、私たちの会社の一つの象徴でもありました。

まるで男性の様な豪放さと、女性特有の細やかな気配りを見事に一つに合わせた、まさに稀有なキャラクターを持った女性でございました。

シネマとうほく発足からの主要なメンバーであり、年齢を感じさせないエネルギッシュな仕事で、岩手に数々の見事な足跡を拓いて来た人でした。

   シネマとうほく製作第一回作品「アテルイ」の製作
   運動。

   テレビ局、新聞社と手をつないだ全県上映運動の定
   着化。

   そして、一戸町を舞台に製作された「待合室」での
   県内観客
7万人の実績。

数え上げれば切りのない程、数多くの見事な足跡を県内の映画運動の歴史に刻んで来た人でありました。

しかしながら、年齢は一年一年確実にその数を増し、本人からの申し出もあり、残念ながらこの夜の勇退となったのでした。

当日は、これまで彼女を支えてくれた多くの方々が会場に集い、彼女のこれまでの素晴らしき仕事が交々に語られ、心やさしい送別の会となりました。

中山さん、本当にご苦労様でした。

あなたのこれまでの辿ってきた足跡を引き継ぎ、岩手の映画運動に更に確かな道を拓いてゆきます・・・。

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